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大阪地方裁判所 平成元年(ワ)1843号 判決 1992年12月21日

原告

株式会社H

右代表者代表取締役

甲野一郎

右訴訟代理人弁護士

米田宏己

西信子

北薗太

被告

株式会社U

右代表者代表取締役

乙川二夫

右訴訟代理人弁護士

武藤達雄

主文

一  被告は、原告に対し、金二三七万四八〇〇円及びこれに対する平成元年七月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金一〇五〇万円及びこれに対する平成元年七月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和六〇年九月から同六一年一〇月にかけて、別紙土地目録一、二記載の土地(以下「第一土地」という。)を取得し、社員の保養のための別荘として、同地上に、同年五月ころ別紙建物目録一記載の建物(以下「第一建物」という。)を建築した。

2  被告は、昭和六〇年一〇月から同六二年三月にかけて、第一建物の北西側に別紙土地目録三ないし一三記載の土地(以下「第二土地」という。)を取得し、同地上に、平成元年六月三〇日別紙建物目録二記載の建物(以下「第二建物」という。)を建築した。第二建物は一〇階建てのリゾートマンションである。

被告は、第二建物の建築に当たり、事前に原告の了解を得ていない。

3  第一土地、第一建物は、木曽御岳山を望み白樺等の樹木に囲まれる静謐な木曽駒と呼ばれる別荘地域にあり、原告は、人格権に基づき、眺望を侵害されないという法的に保護されるべき眺望権を有する。

4  第二建物は、周辺地域にない一〇階建てであり、その建築により、第一建物の北西側の眺望は完全に阻害された。

5  被告による第二建物の建築は、原告の眺望権を侵害するものであり、その程度は原告の受忍限度を超える。第一土地は時価二一〇〇万円を超えていたところ、被告の右不法行為の結果、その価値は半減した。

6  よって、原告は、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償として金一〇五〇万円及びこれに対する不法行為後の平成元年七月一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  請求原因1の事実は不知。

2  同2の事実は認める。

被告は、建築開始前に原告以外の近隣の居住者の了解を得た。原告だけは、常時第一建物に居住していなかったので、やむをえず了解を得なかった。

3  同3の事実のうち、第一土地、第一建物が、木曽駒と呼ばれる別荘地域にあり、木曽御岳山を望むことは認め、その余は否認する。

従前から、原告には、木曽御岳山に対する法的に保護すべき眺望利益は存在しなかった。すなわち、木曽御岳山の景観は、樹木の間を通してはるか遠くに見え隠れする程度であり、別荘はホテル等のように眺望が経済的利益に直結するものではなく、原告による第一建物の利用は、年に一、二回程度であり、また、原告が第一土地を取得したのは、夏が涼しいこと、スキー場、ゴルフ場が近いこと、白樺等に囲まれ静かなこと等によるのであり、木曽御岳山等の眺望だけを目的としたものではないからである。

4  同4の事実のうち、第二建物が周辺地域にない一〇階建てであることは認め、その余は否認する。

被告は、経済性と公共性を目的として第二建物を建築したのであり、第一土地、第一建物からの眺望を阻害する目的はなかった。被告は、第一建物から七〇ないし一〇〇メートルの距離を置いて、第二建物を建築しているし、同建物を建築するには、現在の位置以外に、その構造、面積、近隣の眺望確保の見地から他に方法がなかった。また、原告は、従前通り、木曽御岳山を眺望できるので、被告は、原告の第一土地、第一建物からの木曽御岳山の眺望を阻害していない。

5  同5は争う。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因2の事実及び第一土地、第一建物が、木曽駒と呼ばれる別荘地域にあり、木曽御岳山を望むこと、第二建物が周辺地域にない一〇階建てであることは当事者間に争いがなく、<書証番号略>、証人N、同T、同Hの各証言、鑑定及び検証の各結果並びに弁論の全趣旨を総合すると次の事実が認められる。

1  第一建物は、長野県木曽郡日義村の南部に位置し、JR中央本線「原野」駅の南東約2.8キロメートルに所在する。本件建物の近隣地域は標高約一〇〇〇メートルに位置する通称木曽駒高原別荘地である。この木曽駒高原には、ゴルフ場、スキー場の他、森林公園や別荘がある。周囲には、高さ約二〇ないし三〇メートルのカラ松、白樺が成育し、景観的には北西方向に御岳山、南東方向に駒ヶ岳が眺望できる。気候的には、夏季は冷涼で、冬季は寒さが厳しい。

2  原告の代表取締役の甲野一郎(以下「甲野」という。)は、木曽駒高原でゴルフをした際、環境が気に入り、原告のグループ企業の社員の厚生施設として別荘を建てることを計画した。原告は、昭和六〇年九月、甲野が宿泊した旅館「秀山荘」の経営者、T(以下「T」という。)から右旅館の隣地の別紙土地目録一記載の土地を買い受け、同六一年五月、同地上に第一建物を建てた。第一建物は、木造のカラーベスト葺一部二階建の、いわば山小屋風の建物である。その後、原告は、バーベキューをしたりする庭を確保するため、同年、Tから右土地に隣接する別紙土地目録二記載の土地を買い受けた。そして、原告は、第一土地、第一建物について、Tとの間で管理契約を結び、右土地建物を原告が加盟しているDグループの約四七〇名の従業員の厚生施設として月に一回程度利用してきた。

3  被告は、昭和六一年一〇月から同六二年三月にかけて、Tから第二土地を買い受け、同地上に平成元年六月三〇日第二建物を建築した。第二建物は、いわゆるリゾート用の分譲マンションであり、当初は、十五階建て、高さ約三〇メートルにする計画であったが、許認可等の関係から計画は変更され、一〇階建て八八戸の規模となった。第二建物の周辺において、別荘を建てるときは、木より低くするという申合せがあったため、従来、木より高い建物はなかった。もっとも、山の奥には、八階建てのゴルフ場の建物があった。第一建物と第二建物の間は、直線にして七〇ないし一〇〇メートルの距離がある。

第二建物の建築により、第一建物からは、北西側の山、林等の景色が見えなくなった。

第二建物の建築に際しては、被告ないし同建物の施工業者である大林組が、事前に、周囲の建物所有者に対し、挨拶に回って、了解を得たが、原告については、第一建物には居住者がいなかったこともあって、事前の説明をせず、了解を得ないまま、第二建物の着工に入った。その後、甲野は、第二建物の建築に気付き、被告に抗議した結果、交渉がもたれ、第一土地、第一建物と第二建物の一戸とを交換する案も出たが、価格の点で折り合わず、合意に至らなかった。

二そこで、まず、原告が法的保護に値する眺望の利益を有するかを検討する。

一般に、眺望は、風物がこれを見る者に美的満足感や精神的安らぎ等を与える点において、人間の生活上、少なからぬ価値を有するが、眺望の利益は、当該場所の所有ないしは占有と密接に結びついた利益であり、その場所の独占的占有者のみが事実上享受しうることの結果として、その者に独占的に帰属するにすぎず、その内容は、周辺における客観的状況の変化によっておのずから変容ないし制約を受けざるをえないものであって、眺望の利益が常に法的保護に値するとはいえない。しかし、特定の場所がその場所からの眺望の点で格別の価値をもち、眺望の利益の享受を一つの重要な目的としてその場所に建物が建設された場合のように、当該建物の所有者ないし占有者によるその建物からの眺望利益の享受が社会観念上からも独自の利益として承認せられるべき重要性を有するものと認められる場合には、法的見地からも保護されるべき利益であるということができる。

本件においては、前認定のとおり、第一土地周辺は、別荘地であり、眺望の点で格別の価値を有し、近隣住民もこれまで、景観につき配慮してきた場所である。また、原告代表者の甲野は、自己のみが利用するのではなく、さまざまな趣味を有することの予想される、原告が属するグループの会社の従業員のために第一建物を建築したこと、原告は、バーベキューをするための庭として別紙土地目録二記載の土地も取得したことからすると、原告は、第一建物を、単にゴルフ、スキー等のための宿泊施設としてではなく、木曽駒高原の環境、眺望の享受を重要な目的として建築したものと推認される。

したがって、原告の第一土地、第一建物からの眺望による利益は、法的保護に値するということができる。

三次に、被告による第二建物の建築が原告の第一土地、第一建物からの眺望による利益を違法に侵害したかを検討する。

前記のとおり、眺望の利益は、周辺の客観的状況の変化によっておのずから変容ないし制約を受けざるをえないものであるから、他の競合する利益との調和においてのみ容認されるべきである。したがって、眺望の利益に対する侵害が違法となるのは、侵害行為が具体的状況の下において、他の利益との関係で、一般的に是認しうる程度を超える場合に限られると解すべきである。

本件では、前認定のとおり、第二建物の建築により、第一建物からは、北西側の山、林等の景色が見えなくなっており、<書証番号略>によると、角度にして四〇ないし四五度の視野を阻害していることが認められる。

そして、<書証番号略>及び弁論の全趣旨によると、第一建物の南側は林により視界が遮られていることが認められ、このことからすると、第一建物からの眺望は、第二建物が存在する北西方向が重要な意味を有していたといえる。したがって、第一建物からの眺望は、第二建物により著しく阻害されたといわざるをえない。

もっとも、<書証番号略>、証人Tの証言によると、御岳山は木曽駒高原別荘地から約三〇キロメートル離れており、はるか遠くに見える程度であり、かつ、雲を被っている日が多いこと、従来、第一土地から見えていた御岳山の頂上部分のうち、左側の三分の一については、第一、第二土地以外の第三者所有の土地上の木が成長して高くなったため、見えなくなったが、右側の三分の二については、第二建物の工事の際、木を移植したり、切ったりしたので、以前より、見えやすくなったことが認められる。しかしながら、第一建物から北西方向に広角で木々以外にさえぎられることなく視界の展かれた御岳山及びこれに連なる山なみの眺望は、第一建物からの眺望のうち、最も重要なものであることは十分首肯できるところであり、第二建物により御岳山の眺望が完全には阻害されていない一事をもって、原告所有の第一土地、第一建物からの眺望による利益の侵害が軽微であるとは到底いえない。

また、前示のとおり、被告は、第二建物の建築にあたり、原告の了解を得ていない。これは、原告が第一建物に居住していなかったことも起因していたとはいえ、Tが第一土地の隣地で旅館「秀山荘」を経営し、かつ第一土地、第一建物を管理していたことや、被告自身、第二土地の一部をTから取得していることからすると、被告がTに、原告に対する連絡先を問い合せるのは容易であり、原告に事前に説明することも可能であったといえる。

以上を総合すると、被告は、第二建物を建築するにあたり、原告がそれまで享受していた眺望に対し配慮せず、容易に原告に対し事前の説明をすることができるのにこれをせず、従来、この地域にみられなかった高層の第二建物を建築し、その結果、第一建物からの眺望を著しく阻害したものであり、かつ、その程度は、右事情からすると、一般的に是認しうる程度を超えた不当なものというべきであるから、違法であり、これにつき少なくとも過失が存するから、被告の行為は不法行為を構成する。

四次に、原告が被告の不法行為により受けた損害について検討する。

1  本件鑑定は、第一土地の平成四年五月三一日時点の更地価格を、取引事例比較法により一平方メートル当たり三万一六〇〇円と算定し、第二建物完成時の平成元年六月三〇日時点の価格を時点修正率0.88を採用して算出しているところ、右金額の算出については、その前提としている資料において格別問題はなく、また、その手法及び判断の過程においても合理性を有するものと評価できる。ところで、本件鑑定は、第二建物の建築による、(1)右土地の減価につき、環境条件におけるマイナス要因に基づき合計四五パーセント(眺望、景観、展望性により二五パーセント、周辺環境により一〇パーセント、樹木等の自然環境により一〇パーセント)としたうえ、(2)第一土地、第一建物の全体につき、観察減価法に基づき一〇パーセントを減額しているが、右について合理性を有するかは検討を要する。

(一)  まず、環境条件に基づく減価については、第二建物の建築により、第一建物の別荘としての価値が下落したことは認められるものの、前認定のとおり、第一建物の周囲には、ゴルフ場、スキー場の他、森林公園があり、これらの利用に便利であることが第一建物の価額にも相当程度反映していると考えられること、第一建物と第二建物は直線距離にして七〇ないし一〇〇メートル離れており、第二建物による心理的圧迫感も、左程著しいものとはいえないこと、第二建物も別荘であるから、その高さの点は別として、周囲の環境と調和していないとは認めがたいこと等からすると、本件鑑定は、第一土地の価額につき、眺望、景観、展望性の占める割合及び周辺環境、樹木等の自然環境による影響を、過大に評価しているものといわざるを得ない。

(二)  次に、観察減価法に基づく減額については、本件鑑定が、第一土地につき、眺望、景観、展望性、周辺環境、樹木等の自然環境のマイナス要因に基づき減価しているうえに、さらに環境条件に劣るとして減額しているのは環境のマイナス要因の二重評価とも考えられ、不合理であるといわざるを得ない。

そこで、当裁判所は、前認定のとおりの本件に顕れた一切の事情を総合考慮し、眺望、景観及び展望性という環境条件に基づく第一土地の減価を二五パーセントとするのを相当と認める。

そうすると、第二建物の建築による、平成元年六月三〇日時点の第一土地の減価は、次のとおり、二九六万八五〇〇円となる。

(平成四年五月三一日時点価格)(面積)(時点修正率)

31,600円×427×0.88×0.25

=2968500円(百円未満切捨て)

なお、<書証番号略>(鑑定書)には、第一土地の平成四年五月三一日時点の価格を取引事例比較法により、一平方メートル当たり二万四四〇〇円と算出し、第二建物の建築による右土地の減価を五パーセントと算出する旨、記載されているが、右鑑定書においても第一土地付近の価格水準は一平方メートル当たり二万五〇〇〇円ないし三万円であると判断していることや証人Hの証言によると、第一土地、第一建物と第二建物の一戸とを交換する案が出された際に、被告において第一土地、第一建物を約二三〇〇万円と評価していたことが認められるので、右価額に照らすと、二万四四〇〇円との価額は低額に過ぎると考えられ、第二建物の建築による減価を二五パーセントとするのが相当であることは前示のとおりであるから、右鑑定書の記載は採用しない。

2  そこで、第二建物の建築により第一土地、第一建物からの眺望という法的利益が侵害されたことに基づく損害額を検討するに、前記第一土地の減価額のうち、二〇パーセントは原告において容認すべき環境変化によるものと認めるのが相当であるから、右損害額は二三七万四八〇〇円(2,968500円×0.8)となる。

五以上によれば、本訴請求は二三七万四八〇〇円及びこれに対する不法行為後である平成元年七月一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を、仮執行宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官下方元子 裁判官黒岩已敏 裁判官島村雅之)

別紙土地目録

一 長野県木曽郡日義村四九一七番三

原野 三〇四平方メートル

二 長野県木曽郡日義村四九一四番七

原野 一二三平方メートル

三 長野県木曽郡日義村四九一一番一

畑 三六三平方メートル

四 長野県木曽郡日義村四九一二番一

畑 二七一平方メートル

五 長野県木曽郡日義村四九一三番

畑 七二平方メートル

六 長野県木曽郡日義村四九一四番三

原野 九四四平方メートル

七 長野県木曽郡日義村四九一四番五

原野 五九五平方メートル

八 長野県木曽郡日義村四九一四番六

原野 三三五平方メートル

九 長野県木曽郡日義村四九一五番四

原野 三五平方メートル

一〇 長野県木曽郡日義村四九一五番六

原野 四七平方メートル

一一 長野県木曽郡日義村四九一五番七

原野 7.83平方メートル

一二 長野県木曽郡日義村四九一七番二

原野 三一三平方メートル

一三 長野県木曽郡日義村四九一七番四

原野 二三平方メートル

別紙建物目録

一 長野県木曽郡日義村四九一七番三、四九一四番七所在

木造カラーベスト葺

一部二階建

床面積

一階 53.70平方メートル

二階 9.93メートル

二 長野県木曽郡日義村四九一一番地一

鉄骨鉄筋コンクリート・鉄筋コンクリート造銅板葺一〇階建

ユニテック木曽駒

床面積

一階 768.62平方メートル

二階 619.59平方メートル

三階 793.01平方メートル

四階 798.48平方メートル

五階 798.48平方メートル

六階 798.48平方メートル

七階 798.48平方メートル

八階 798.48平方メートル

九階 800.04平方メートル

一〇階 605.38平方メートル

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